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futoase

よろしくお願いします。

The Drunkard's Walk (邦題: たまたま) を読んだ

雑記 読書

花屋の同僚から提示された本 その2。

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

たまたま―日常に潜む「偶然」を科学する

さっき読み終わったのでメモ。

  • 蓋然性が高い、確かそうな話であれば人間は信じこんでしまう。
  • DNA鑑定がそもそも誤検出する可能性があるが、DNA鑑定の信頼性の高さを重きに置かれているので誤検出の可能性は評価されづらい。
  • 確率や統計について研究が本格化したのは17世紀に入ってから。(近代数学の発展のはじまりぐらいか)
  • パスカル偉大
  • 高価なブランドや価値の市場への浸透による思い込みによって"評価"そのものに味付けがされてしまう
  • イケてるファンドの投資結果の成績も、しばらく時間を置いてパフォーマンスを再確認すれば上がり下がりがあるため成績の悪いファンドと変わりない形になってしまう。

ベルヌーイやラプラスなど有名な数学家が出てくるが、
最後の章にかかれている内容がことが印象的だった。(最後に書かれてるから印象に残ってるともいえるけど)

  • 期待しすぎず、ランダムに身を委ねたほうが良い
  • 人間は一度最初に受けた印象(精神異常など)を拭い去ることはできない。とある日から行動を改めても、一度付いた評価は変わらない。
  • 何をきっかけとして(人との出会い、行動、災害、戦争など)人生・評価が変わるかはわからない
  • 複雑な仕組みで動いているもの(本の中ではスリーマイル島原発事故が取り上げられていた)の不具合は、簡単な問題の積み重ねで大きな問題となりうる。

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